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所長の部屋『ゲスト:斉藤 亮さん』


第12回目のゲストは、


斉藤 亮(さいとう りょう)さん


斉藤さん(以下、敬称略)は、秋田県羽後町のご出身。現在はブルーベリーなどの果樹を中心に農業を営み、ジャムやマスタードなどの加工品も製造販売しておられます。農業や仕事の楽しさ、地域で暮らす価値観などについてお話を伺いました。


今回は研究員の東谷明音(愛知県内の大学に通う4年生(NPO法人みらいの学校のインターン生)と一緒にインタビューしました。


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所長)よろしくお願いいたします。

斉藤さんは羽後中(羽後町立羽後中学校)の出身ですか。


斉藤)そうです。羽後中では陸上部に所属し部活動に夢中になっていました。秋田高専(独立行政法人 国立高等専門学校機構 秋田工業高等専門学校)への進学も検討していたのですが、卒業後は羽後高校(秋田県立羽後高等学校)へ進学しました。

卒業後、運送会社に勤めているときに結婚しこどもも生まれたのですが、子どもと過ごす時間が短いことが気になり「この生活スタイルでは難しいな」と考えていました。そのタイミングで父が他界し右も左もわからないまま稲作を引き継ぐことになり農業の世界に足を踏み入れました。


所長)そのようなきっかけでしたか。


斉藤)悪戦苦闘する中、町内でも大きな農家の方から「ウチで働きながら勉強したらどうか」とお誘いを受け、そこで13年間、勉強しながら勤めていました。

その間「自分はこういう作物を育てたい」「こういう取り組みがしたい」という気持ちも湧いてきて、37歳の時にブルーベリーなどを植えはじめ、独立して農業をはじめました。


東谷)以前の取材記事を拝見して、農協出店せず直売されているそうですが、なぜ直売という選択肢をされたのですか。


斉藤)育てた農作物を農協に出荷し、市場からスーパーマーケットなどに流通していくのが一般的な流れですが、それだと消費者は誰が育てたモノかわからず、美味しくてもその声は生産者に届きません。自分は食べた方の「美味しい」という声をダイレクトに聞きたかったので、直売という道を選びました。


東谷)美味しいという声が聞けることはやりがいにつながりますね。


斉藤)独立当初は売り先に苦戦していましたが、直売所が常設する県内各地の道の駅が賑わっていたので「羽後町にもきっと道の駅ができる。直売所は必ずできるはずだ」と自分の気持ちを信じていました。そうすると羽後町にも道の駅建設の話が浮上して、2016年にオープン、念願の直売できる売場ができました。


東谷)自分の気持ちを信じて続けたからこそ今があるのですね。

次に、ジャムやマスタードなどの加工品も作られているとInstagramを拝見して知りましたが、加工品を作るきっかけを教えてください。


斉藤)形が悪く正規品として出荷できない野菜や果物を加工して販売することで売上につなげようと思ったことがきっかけです。

息子が保育所を卒業するとき、家で植えているラズベリーで妻がジャムを作って保育所の方に配ったことがありました。するととても喜んでもらえ「コレはいけるのでは」と思い描いていました。道の駅がオープンしたタイミングでブルーベリーやラズベリーのジャムを作り出品ようになりました。去年6月、食品衛生法が改正されたタイミングで加工施設を作り、現在は多様な加工品を作っています。


東谷)奥さまが作られたジャムがヒントになったのですね。

では、作っている加工品の中で一番の売れ筋は何でしょう。


斉藤)実は自分が育てている農作物と関係のないマスタードが人気で、柱になりつつあります。どこで何があるか分からないといった感じです。


所長)マスタードを作るきっかけは何でしたか。


斉藤)きっかけは、友人と訪れたbar出てきたソーセージです。添えてあったマスタードを食べてみると凄くおいしくて、マスタードだけおかわりするほどでした。どこのマスタードかと尋ねると「ここで手作りしている」とのことで、マスタードが手作りできると初めて知り、試しに作ってみました。すると結構美味しく仕上がり「これは売れるのではないか」と考えました。

最初は少量を販売していたのですが、売れ始めるテレビの取材も入って勢いに乗り、信じられない程の売れ行きで、マスタードが加工品の売上の大半を占めています。


所長)発売当初と比べると物凄い売れ行きですね。わたしもこっそり買っていますが売場で完売しているときもありますね。


斉藤)ありがとうございます。こっそりではなくどんどん買っていただければ(笑)

卵かけご飯(TKG)専用粒マスタードというニッチな商品も作っています。

いぶりがっこと北海道産の昆布を刻んで混ぜ、醤油ベースで仕上げています。

TKG専用マスタードという商品は世界で唯一の商品だと思います。


東谷)醤油ベースのマスタードは美味しそうですね。

では次に、農業と加工品の製造を並行する難しさや、楽しさを教えてください。


斉藤)農業だけで食べていくことはとても難しいと思います。

わたしの場合、少量多品目を栽培していますので、育て方など専業の方よりも勉強量が多くなるため大変ですが、小売店と直接取引しているので売れ行きや消費者の声が聞けるため、その面では楽しさもあります。

FacebookやInstagramなどのSNSで「今日はこの加工品を仕込みました」などアップロードすると、実際に購入いただいた人からメッセージをいただいたり、メンションしていただいたりするのも楽しく、できるだけ毎日に近く投稿しています。


東谷)上手くSNSを活用されているのですね。

現在どのような作物を育てていますか。


斉藤)今年はマスタードが人気になって加工製造がメインとなったため、野菜はほとんど休みの状態なのですが、植えてからあまり手のかからない果樹を植えています。


東谷)今は加工製造の方に注力されているのですね。


斉藤)本当は農業もやりたいのですが状況が許さないといった感じです。

商品が売場になくなると頻繫に連絡が入るようになり、お尻を叩かれながら仕事している感じです(笑)


東谷)そうなのですね(笑)

直売所以外にも、パン屋さんなどに販路を広げていかれたと思いますが、人の輪や販路を広げる上でのコツや、意識的におこなっていたことなどはありますか。


斉藤)特に意識したことはないです。最初は2ヶ所の直売所に登録して販売していたのですが、今年になり販売量が格段に増えました。今は営業など一切していないのですが「ウチでも取り扱いさせてほしい」と、お声がけいただくことが増えました。このように特段何かをしていることはなく、強いて言えば、毎日のSNS投稿を楽しんでいるだけで、投稿を見た人が「あー!これ美味しそう」と思い声を掛けくれている好循環で回っている感じです。


所長)粒マスタードは外食では見かけますが、買ってまで使う話はあまり聞かないですね。



東谷)マスタードが人気になった理由をどう分析していますか。


斉藤)本当、突然のことで正直に今の状況を分析できていません。今年の3月からマスタードを作り始め、そこから火が付いたようになり「粒マスタードはこんなにも売れるのか」と困惑しているところです(笑)

ジャムだけのときは一日1本売れればいいと思っていましたが、今はマスタードが人気になり仕込みに追われる状況です。自分が楽しんでいる姿が周りにも伝わり、楽しくなってくれているのではないかと思います。


東谷)なるほど。ありがとうございます。

続いて、農家の仕事のやりがいを教えていただけますか。


斉藤)ウチの場合、直販ですから「こういうモノが食べたい」「こういうモノがほしい」という、お客さまのニーズや、出荷した商品に対する「美味しかった」の声も聞くことができます。その繰り返しがとても楽しく、やりがいにつながっていますし、これが直販の醍醐味だと思っています。


東谷)農家の仕事の中で、ご自身の性格が生きている、仕事と合っているなと感じる部分はありますか。


斉藤)実は同じことをずっとやっていられない性格です。


東谷)農家の仕事は繰り返しのイメージがありましたが、加工品も作るなど違う仕事もできるということですか。


斉藤)それもありますが、農業における収穫時期は基本的に一年に一回です。

稲作であれば、春に植えて秋に収穫する。失敗しても今年はもう取り返しがつきません。ナスやトマト、キュウリでも、植えるも収穫も一年に一回です。基本は年に一回の作付けですから、同じ仕事は一年に一回しかありません。そういう意味で製造などとは違う感じで捉えています。


所長)一つのものができるサイクルが長く、過程における仕事はそれぞれ違うということですね。


斉藤)そうです。だから飽きずにいられます。ですが同じものをずっと作っていくことは向かない性格です。昔は「ナスの専業農家になろう」と考えたこともありましたが、1種類のナスでは飽き足らず、多様な品種を育てるようになりました。


東谷)わたしの農業や仕事に対する捉え方や認識が改められました。

次の質問です。

わたしは就活の際、初めて働くことについて真剣に考えたのですが、斉藤さんが働く意義を考えた時期や、働く中で変化した仕事に対する価値観などについて教えてください。


斉藤)若いころは、仕事はお金を稼ぐ手段だけだと捉えていましたので、稼いだお金は全て自分のお金だと思い、入っては使う繰り返しでした。

結婚後、勤めだしたころもバイトのような感覚で、ぎりぎりのところで生活をしていましたが「このままではダメだ」と改めていきました。正直、気づきが遅いのですが「家族のために」と独立し、勤めていたとき以上に頑張るようになりました。

農業だけでなく、パイプハウスを建てたり、冬場はお歳暮の配達をしたり、スキー場の管理人をするなど色々やっています。もっと早く気付けていれば良かったのですが…


所長)冬の積雪量が多く、農家一本でやっていくことが難しい現実もありますものね。


東谷)そうなのですね。

これまでの経験から、考え方で大切にしている軸などありますか。



斉藤)今は偶然マスタードがヒットしましたが、これまでもアンテナを高くして自分から情報収集するようにしています。「今はこれが売れている」「あの手のモノが売れている」と、常に新しい情報をキャッチすることを心掛けています。

マスタードがこの先も売れ続ける保証はないので、常に「次のこと!次のこと!」と考えているようにしています。


所長)逆に「こういう場合はやらない」など、選ばない軸はありますか。


斉藤)自分がときめくか、ときめかないかで判断しています。サイコロを振って出た目の数だけ進んでいる感覚です。

今は将来の大きい目標があるわけでもなく、子育てももうすぐ終わるタイミングですので、この後は妻と2人で楽しく生きていければいいと考えています。すごく稼ぎたいという願望もないし、生きられる程度に稼いでいければと思っています。その中で自分たちがときめいたり、ワクワクしたり、楽しんだりして過ごしていきです。

人間が4本足で歩いていたときも、2本足になっても、後ろ向きになることなく前を向いて歩いています。自分の人生も後ろ向きになることなく、反省はしても後悔はしないように、次に進んでいきたいです。


東谷)とても参考になりました。

アンテナを高く上げるとお話されていましたが、具体的にはどのようなことをされていますか。


斉藤)主にSNSを巡回しているのですが、ジャムの中でも「今はどういうジャムが人気あるのか」「粒マスタードといっても単に1つではなく、どう展開すればいいのか」など、さまざまな情報を仕入れて参考にしています。

野菜も一般的な品種だけはなく、ちょっと変わった品種のナスやキュウリも育てています。これらを育ててみようという考えは情報を収集した結果で、普通に過ごしていると絶対出てこないと思います。普通にはなりたくない、少し変わっているというスタイルでいきたいので、そのためにはさまざまな情報を得ることが大切だと考えています。


東谷)さまざまな情報を仕入れ、自分の引き出しに入れて、必要なときにそれを使うということですね。ありがとうございます。


所長)TKGマスタードが生まれたきっかけもその情報収集からですか。


斉藤)粒マスタードを購入された、いぶりがっこ屋さんと昆布屋さんから、SNSでコメントをいただき、「昆布…、いぶりがっこ…、何か面白いことができないか」というひらめきでした。


所長)それも結局、アンテナと人とのつながりですね。


斉藤)SNSでの発信にコメントをいただけるのは感謝しかなく、何かお返しできる機会をつくりたいと思っているので「コレとコレを組み合わせる」という発想は常に巡らせています。


東谷)組み合わせる工夫や発想、実際に試作してみる挑戦が素敵ですね。


斉藤)小ロット生産ですから、失敗しても痛手が少なく、どんどん挑戦していけます。

生きていく上で、収入の太い柱が必要と思うのが普通ですが、一本しかない柱だと、折れると倒れてしまいます。

ウチは太い柱が一本あるのではなく、細い柱をたくさん建てています。ですから一本が折れただけでは影響が少ないため「こっちは失敗したけど、こっちで取り返せればいい」という感覚で挑戦することができています。

だからといって儲かっているわけではないですけどね。(笑)

お金に執着はしてないです。全然…


所長)若いころは、お金が入ってきては使うみたいとう話もありましたが、昔から金銭欲が少なかったのか、それともどこかで変化したのか、このあたりはいかがでしょうか。


斉藤さん)金銭欲は元々なかった方です。「死なない程度に生きていければ」という考え方ですので…。

その考え方が災いして、一時期大変なこともあったのですけど(笑)

自分の考え方とは逆に、長男は役所勤め、次男は農協、三男は今、学校の先生になると言っていて、子どもたちは安定を求めています。反面教師ですかね(笑)

ですが、自分の人生ですから、自分で決めるに越したことはないので、その決断を尊重しています。ですが、後を継いでくれる子どもがいないことに少し寂しさを感じています。


東谷)斉藤さんと子どもさんは、今は違った職業ですが、将来的に「継ぎたい」という意思が出てくるかもしれないですね。

働くことに対し、若者はさまざまな選択肢があると思うのですが、その中で「秋田で働く」「地元で働く」ことの良さは何だと思いますか。


斉藤)自分は秋田から出て生活をしたことがないので、比較してお話できませんが、都市部から来た人の「秋田っていいよね」という声を聞くことはあります。ですがそれを実感することはほとんどありません。おそらく都市部のようにギラついた街並みや人混みがないため、そこに魅力を感じるのだと思います。だからこそのんびりと暮らすことができているのだと思います。


所長)ご自身は若い頃「東京に行きたい」など、都市部への憧れはなかったですか。


斉藤)人混みが苦手で…(笑)

遊びに行くぐらいで丁度いいかなと思っていました。


所長)3人のお子さんも今は秋田にいらっしゃいますが、お子さんに対する本音の部分もあると思います。このあたりにはどういったお考えをお持ちですか。


斉藤)「子どもの人生は子どものもの」という考えなので、親が決めることではないと思っています。

昔、親の意向で子どものやりたいことが捻じ曲げられるシーンを目の当たりにしたことがあり「親がそんなところまで決めていいのか」と思うことがありました。

ですから、子どもたちには小さいころから「やりたいことは自分で決めなさい」と話しています。

小学生の頃、スポーツ少年団に入る子どもが多いため誘われることもあったようですが「本当にやりたいことじゃなければ、やらない方がいいよ」と話してきましたので、うちの子たちは一人も入らず、中にはツライ思いをしたこともあったようです。ですが、学校を卒業するとき「俺、野球やらなくて良かったよ、陸上やっていて良かったよ」と子どもから言ってもらったことがありました。

子どもたちには「やりたいことがあれば親として一生懸命応援するからお金の心配はしないでやりたいことをやりなさい。お金の心配は親がすればいいことだからあなたはあなたのやりたいことをやりなさい。」と伝えています。子どもが「東京に行きたい」「外国に行きたい」と言っても、やりたいようにやってもらえればいいと思っています。結局、80年くらいしか生きられないので、後悔だけはしない生き方をしてもらいたいと思っています。


東谷)素敵な考え方ですね。ありがとうございます。

これから「農家になりたい」「農業に従事したい」と考える学生や若い人に向けてアドバイスはありますか。


斉藤)職業として農業に就いてもらうことは大歓迎ですが「なんとなくやりたい」ではなく、自分の育てたい作物を決め、勉強もしながら農業を始めるほうが良いと思います。

農業は難しいものではないが簡単なものでもない。わたしのように右も左も分からないまま足を踏み入れると大変です。大きな枠で「野菜が作りたい」「花や米が作りたい」といった育てたい作物を決めた状態で勉強をして、農業に入ってきてもらいたいです。


東谷)何がやりたいかを明確にすることが大切ということですね。

では、最後に今後社会に出る学生や、これから「働く」ことについて考える学生に向け、アドバイスをいただけますでしょうか。


斉藤)一番は、大きくても小さくても目標を持つこと。やりたいことはそれぞれですが、それを口に出して周りの人に伝えることです。

自分だけで思っていても、それはただ「思っているだけ」で目標にはならないので、小さな目標でも口に出して周りに伝えることを大切にしてください。


所長)若い頃は「やりたいことが見つからない」「何となくあってもはっきり固まっていない」といったことも多いと思います。そのような中で目標を描くにあたりどのような経験をしておくべきだと思いますか。


斉藤)何にでも挑戦した方がいいと思います。悪い事はダメですが、それ以外は何でも経験すること。振り替えると全部プラスにはなっていると思います。

20代、30代でさまざまな経験をして、たくさんの人と会って話す。スポンジのように吸収していければ、40代、50代は楽しい人生を送れるのではないかと考えています。その時期が楽しければ、その後はもっと楽しくなると思います。「若いときの苦労は買ってでもしろ」といいますが、自分のために、何でも経験してください。


所長)多様な経験ですね。


斉藤)その経験を自分が楽しむことで、周りも楽しくなり、楽しさが盛り上がっていくような広がりができることを望んでいます。まずは自分が楽しくなければダメだと思っているので、どんどん楽しいことを考えてやっていくことです。


所長)では最後に、本日のお話の感想を含めてお礼を言って終わりましょう。


東谷)わたしは、今までの人生であまり明確な目標というものが無かったので、目標を明確にして達成のために何ができるのか模索しながら実行する大切さを学べました。

今回のお話で得ることができた気付きや新しい価値観から自分をアップデートしていきたいです。非常に参考になるお話をたくさん聞けたのでとても価値のある時間でした。

ありがとうございました。


斉藤)若いときはいくら失敗しても大丈夫です。どんどん失敗して、そこから勉強してください。例えば、国語の授業も一人の先生から聞くのではなく、いろいろな先生から聞くと色んな見方ができます。同じものを見るにしても、一つの方向からではなく、上から下から横から、さまざまな角度で物事を見ていってもらえれば、きっと楽しく生きていけると思います。頑張ってください。


東谷)ありがとうございます。頑張ります。


所長)本日はありがとうございました。



取材日:2022.08.31

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斉藤さんが営む「ジャム工房のら」についての情報は以下からご覧いただけます。




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